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Length of Japan : 福岡 - 東京(岐阜 - 高山)
概要
詳細深き山脈の奥へ日本は関が原で、東日本、西日本に分けられるが、西日本の最高峰は四国にある石鎚山の1982mであり、3,000m級の山は存在していないばかりか、標高2,000m級の山もない。これまでレングス・オブ・ジャパンでも山深い道を紹介してきたが、それらは日本の中ではまだまだなだらかな道だったのである。 日本の国土の約7割は山地であり、日本は海に囲まれた島国であると同時に、山の国でもある。ここからのコースでは2,000m級、3,000m級の山々があなたの前後左右に迫ってくる。山国・日本を思う存分体験してほしい。 徹夜で踊る「郡上祭り」岐阜市で国道21号に別れを告げ、国道156号を北上すると、次第に平野から谷に入っていく。岐阜市から50kmほど山に入ると、山間に小さな城下町が姿をあらわす。ここが「郡上八幡市」である。 白亜の天守閣が美しい郡上八幡城に代表される郡上八幡は、水の豊な街であり、まちなかには湧水や幾筋もの用水路がまちのいたるところで清らかな流れをみせている。
また、郡上八幡は「郡上おどり」と呼ばれる夏祭りが有名な町でもある。「郡上おどり」は400年以上もの間踊り継がれている、独特の盆踊りのことである。毎年夏の2か月の間はそれぞれに異なった縁日名で、郡上の町のどこかで踊りが催されている。踊りとともに郡上の人々は夏を過ごしているのである。 世界遺産「白川郷」郡上八幡を過ぎると、次第に道は傾き、標高をあげていく。30kmほど走ると道は蛇行をはじめ、一気に標高を稼ぎ、「ひるがの高原」に到着する。冬はスキーリゾートとして賑わうこの高原も夏の間は、避暑地として別荘などに利用されている。 ひるがの高原から少し標高を下げ、国道158号と合流したら左折しよう。いよいよ世界遺産白川郷への道となる。 左折するとすぐに御母衣湖が現れる。こんな山奥にある湖はもちろん琵琶湖のような自然の湖ではない。1960年に4つの集落、230戸を湖底に沈めて完成した人工のダム湖である。集落は湖底に沈んだが、御母衣湖畔には御母衣湖底から移植された樹齢450年の桜の木が4月下旬になると、御母衣湖底に沈んだ集落をいつくしむように満開の桜を現在でも花咲かせ続けている。 御母衣湖をくだり、さらに北上すること30kmでようやく山間にひっそりとたたずむ世界遺産の白川郷に到着する。これまで見てきた世界遺産はいずれも都市圏に存在しているものであったが、この白川郷は農村集落の生活とその険しい自然の中で生き抜いてきた知恵が世界に認められた地域である。自然と共生して生きてきた日本の生活文化を堪能していただきたい。
森の奥に残された歴史ある洗練された町並み
日本人サイクリストは峠越えを好む。日本には数知れぬほどの峠が有り、われわれは急坂を好んで攻める。峠道は厳しくとも空気が澄み、景色もよく、交通量も少ない。
白川郷からはいよいよ急峻な峠越えの道にはいる。国道360号に入るといきなり急激な坂を上ることとなる。2kmほど上り右折すると、先ほど見てきた白川郷集落を山の上から眺めることのできる展望台があるので、そこまでは一気に上りたい。 天生峠を征服したら河合村へ下ろう。そして宮川をわたり右折し、国道471号を古川町へ行こう。 国道471号は古河町で終ると道は国道41号になる。宮川に沿って22km走ると高山市にたどり着く。 高山市は、真ん中に宮川が流れ、東山には寺町があり、町は碁盤目に区画されるなど、昔から小京都と呼ばれている。今日では年間およそ250万人もの観光客が訪れる観光都市である。 しかし30年ほど前までは、高山市を訪れる人は、春・秋の高山祭の観光客を除くと、アルプスの登山基地として利用する登山客程度であった。1970年代になり、高度経済成長の中で、日本固有の街並みが失われていった。その一方こうした登山家達が、帰りの汽車を待つ間に市内を散策し、町がもつ個性的な魅力を全国に口コミで広めることになった。年々、高山を訪れる人は増え、1986年には、国の国際観光モデル地区の指定を受け、現在は外国人観光客が一人で安心して楽しく自由に散策できるよう歩行者向け誘導標識(英文併記)の整備なども行われている。 高山市は今日、日本の伝統文化が息づく町として国内だけでなく、国際的にもその魅力を放ち続けている。 注意:高山から松本の間は店がほとんど無く、食料品など買う場所が限られている。高山で万全を整えよう。 ルート
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